メッセージ

当社は、平成30年9月、民間資本100%の地域商社として三重県松阪市で創業いたしました。松阪は古代から「人、物、金、情報」が集まり、多くのイノベーターを輩出してきた「時代を先読みする地域」です。地政学的な見地に立つと、東西の軸(=中央構造線)と南北の軸(=伊勢神宮を通る東経136.5度)の交点付近にあるだけでなく、三街道(参宮街道、伊勢本街道、和歌山街道)の交差点であり、神の住まう神宮に隣接する地域でもあります。まさに、日本のへそ(Navel)なのです。この日本のへそ・松阪から、地方創生のイノベーションを起こすという思いを込めて、「株式会社ネーブル・ジャパン」と命名しました。

 当社のミッションは、ポテンシャルの高い地域の素材を見出し、仕立て直すことで、「儲かる仕組み」をつくり、その利益を地域社会に還元することです。このミッションを達成するため、地域商社として創業しましたが、いずれは観光地域づくりを目指すDMOの機能を有する総合的な地域創生推進企業に成長していくことを展望しています。また、才能のあるクリエーターの力を借りることで、地域の資源素材を付加価値の高い商品に変えたいと思っています。つまり、①ポテンシャルの高い素材や知財、②才能のあるクリエーターの力、③松阪に伝わる豪商スピリットの3つをコラボレーションすることで、「儲かる仕組み」をつくるというのが、当社のビジネスモデルです。

 私は長く金融界に身をおき、ここ数年は地方銀行の立場から、地方経済の活性化に取り組んできましたが、人口と事業所数の減少が進展する中で、規制に縛られた金融機関の限界を身にしみて感じています。しかしながら、当社と銀行が連携すれば、ポテンシャルの高い地域の素材の発掘や当社が仕立て直した付加価値の高い商品の販売ルートの紹介などを銀行が担うことにより、地域の活性化は大きく前進できると考えています。当社は、産業界、銀行、行政、大学を繋ぎ、地方創生を生み出すカタリスト(触媒)の役割を果たしたいと考えています。創業にあたり、地方創生のイノベーションを起こすとの当社の役員、出資者の思いを実現し、松阪市、さらには三重県を元気にするために、チャレンジを続けたいと考えています。令和を地方の時代にしたい。これが私達の願いです。

                          
令和元年5月1日
代表取締役社長 濱岡正己

2008年に人口がピークを打ち、減少に転じております。さらに、どの国でも経験したことがない未曾有の急速な高齢化が日本を襲っております。「人口減」、「高齢化」という2艘の黒船の存在が日本に変革を迫っております。2艘の黒船は、都市より地方の方がはるかに大きい存在です。危機感が大きい場所から変革は始まるので、時代の転換点に地方に身を置きたいと願っておりました。そんなときに松阪市副市長公募を偶然に知り、第2の人生の挑戦が始まりました。縁もゆかりも無い松阪に来て、9年の月日が流れました。

松阪牛の知識しかなかった私は、驚きの連続でした。松阪は多くの偉人を輩出しています。ほんの一部ですが、三井家(のちの三井財閥)の家祖である三井高利(1622~1694)、国学の四大人の一人である本居宣長(1730~1801)、ファクシミリを実用化した丹羽保次郎(1893~1975)、イノベーションの父であるシュムペーターの弟子である東畑精一(1899~1983)、社会福祉に貢献した原田二郎(1849~1930)、チェーンストア理論を導入した渥美俊一(1926~2010)など時代の先駆者たちです。松阪は「商売の聖地」であり、「社会福祉の聖地」であり、「国学の聖地」でもあります。

かつて、外資系証券のチーフ債券ストラテジストとして世界中を飛び回り、大投資家と議論しておりました(当時、デフレは日本だけの固有の病気ではないと主張をしておりました)。ICTの急速な発展により、合理的な行動をする賢明な海外の投資家は拠点を大都市の一等地にある高層ビルの最上階から自然豊かな郊外へと移しておりました。日本でもICTやAIなどの技術革新により地方のハンディキャップは小さくなってきております。大都市圏だけに頼り過ぎる経済は脆弱です。「令和」は地方が頑張り、日本経済全体を底上げさせる時代だと感じております。地方に埋もれた技術、伝統文化、食などを見出し、新しい付加価値をつけることにより、磨き上げていきたいと思います。

 8年間の地方行政の経験は、貴重な財産になっております。さまざまな業態の刺激的な方々と出会えたことが、大きな喜びでした。民間資金で松阪から地域創生に挑戦したいとの強い思いに共鳴して頂き、今回、「株式会社ネーブル・ジャパン」が誕生しました。多くの人に支えられて、第一歩を踏み出すことが出来たことを感謝申し上げます。松阪から世界を目指して挑戦し続けたいと考えております。

令和元年5月1日
代表取締役専務 小林益久