令和5年5月5日 松阪城趾からの夕景
松阪のまちは、東に海が広がり、西に山なみが続きます。
この山なみを眺めながら育ち、太陽は海から上がって山に沈むものだと思っていましたので、幼い頃志摩に行き、海に沈む夕陽を見て驚いた記憶があります。
松阪の旧市街から見える山は、海を背に山に向かって、右から、白米城趾(阿坂城趾)のある枡形山が標高312メートル、鉢ケ峰が420メートル、後ろにちょこんととがった頂上を見せている日川富士が508メートル、観音岳が606メートル、堀坂山が757メートル、その左後ろにある白猪山が819メートル、そして、ぐっと左の奥の方にある局ケ岳が1028メートルと、段々高くなっていきます。
鉢ケ峰の稜線を横顔と見て、なだらかに次の峰へと続く尾根全体が観音様の寝姿になっているのだと教えてくれたのが誰だったのか、幼い頃の記憶をたどってももう定かではありませんが、その影響か、今でも、それは天に向かって横たわる美しい菩薩のシルエットに見えます。
四季折々に、また天候や時刻によって山は色を変え、はっきりと木々の緑の濃淡が際立つ日もあれば、淡い紫にけぶっているときもあります。そしてその色合いは、自分の気持ちのありようによっても違って見えるのですが、どんなときも、ふるさとのやさしい山なみは心の揺れを受け止め、和らげてくれるように思います。
季節が夏へと向かう頃は、鮮やかな新緑が生命力を分けてくれるようで、山に向かっていくのが楽しい季節です。そして、初夏は茶摘みの季節。松阪の旧市街から飯南、飯高へと進んでいくと、丸く刈り込んだ茶畑がたくさん広がっています。つやつやした新芽のまだ開いていない芯とその下の柔らかい二枚の葉・〝一芯二葉(いっしんによう)〟を摘んで新茶を作ります。
三重県内で生産されるお茶は「伊勢茶」と呼ばれ、平成 19 年には三重県の地域ブランドとなっていますが、その中には松阪西部の飯南・飯高で生産される「松阪茶」や「川俣茶(かばたちゃ)」があります。深蒸し煎茶として知られ、普通の煎茶より長い時間蒸すことで、濃い色合いや程よい渋みがあり、苦みが少ない美味しいお茶です。
「松阪茶」の畑 写真提供 松阪観光協会
鎌倉時代初期の建久2年(1191)に栄西禅師が宗から持ち帰った茶の実を、明恵上人が京都で育てさせ、それを山城宇治、近江高島、伊勢川上に植えた、と室町時代の書物「背書国誌」にあるそうで、その伊勢川上とは、雲出川上流から櫛田川の上流(松阪市飯高町川俣附近)だったとのこと。この辺りは古くから茶の名産地であり、江戸時代には将軍様に茶を献上する紀州藩の御茶所で、本居宣長も進物にしていたという、古くからのブランド茶だったのです。
大正天皇御即位の礼に参列した際の大谷嘉兵衛
新茶の美味しい季節です。飯南・飯高の茶所では、緑滴る山々が川の水面にも映って、爽やかに生き生きとした気持ちにしてくれます。山々の清気を集めたように、淹れたての新茶はさみどりの香をはなちます。ゆっくりと山々を眺めながら、松阪のおいしいお茶を飲みませんか。
「茶王 大谷嘉兵衛の会」が出している川俣茶
ぷらっと松阪 不足案内|2023.05.15
編集者 三重県の文化誌「伊勢人」編集部を経てフリーランスに
平成24年より神宮司庁の広報誌「瑞垣」等の編集に関わる
令和4年発行『伊勢の国魂を求めて旅した人々』(岡野弘彦著 人間社)他 編集