COLUMN

9,梅雨があければ祗園さんの夏が来る

梅雨空の鈴の森公園

梅雨空の鈴の森公園(松阪市外五曲町)

木下闇から長雨へ

入梅が近い頃、木々の緑が濃くなって鬱蒼としてきます。「木下闇(このしたやみ)」というのでしょう。夏めいてきた陽射しの強さが、葉の茂った下の暗がりをひときわ濃くしていくのを見ると、『和泉式部日記』の冒頭を思い出します。
「夢よりもはかなき世の中を嘆きわびつつ明かし暮らすほどに、はかなくて四月十日余日になりぬれば木の下くらがりもてゆく」
とあるのは、確かにこの頃のようすです。旧暦の四月は、だいたい太陽暦の四月末から六月ごろ。夏木立の茂った葉がつくる陰は、〝緑陰〟などと呼ばれ、爽やかにほの明るく表現する場合が多いと思うのですが、「暗がりになってゆく」と捉えるのは、なるほど、恋に乱れ生きるに惑う女なればこその感覚だと納得してしまうのです。そろそろ梅雨が気になる季節の、少し湿度のある晴れ間、光が明るければ明るいほど、憂いを抱いた心には、緑陰の闇が深いのでしょう。
やがて梅雨が来て、これは「長雨」の、まさにぼんやりと物思いする季節です。「長雨」は「眺め」だそうで、雨を見るともなく見ながら物思いをする。これは人には必要な時間なのだとか。現代生活では、雨を眺めて物思いにふけっている閑は得難いのですが、たまにはゆっくり、木下闇に心を留めたり、雨をぼんやり眺めたり、したいものです。

夏は祗園祭とともに

祗園祭

松阪祗園まつり ポスター

夏至を過ぎ、七月を迎えて、そろそろ梅雨も明けようかという頃、祗園祭が行われます。夏を前に、素戔嗚尊(すさのおのみこと・牛頭天王)に疫病封じを祈る祭です。夏を無事に越せますように――と祈る思いは、昔の人の方が切実だっただろう、と思っていましたが、異常気象も通常になってきていますし、コロナ禍を経た今、無事に夏を越せるようにと現代人もみな切に願っているでしょう。地球温暖化などで高温による熱中症の危険が増していますし、ゲリラ豪雨や線状降水帯などの新語が出来るほど、気象状況が変わってきています。新型コロナだって、まだ本当には静まっていませんね。

祗園祭といえば、京都八坂神社の祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)や博多の祗園山笠が有名ですが、全国各地の町まちで行われています。松阪でも祗園まつりが行われ、、射和の祗園まつりもあります。今年はどちらも七月十五・十六日に行われます。

松阪祗園祭は、八雲神社・松阪神社・御厨神社の三社みこしが威勢良く担ぎ出されて市内各所を廻り、氏子の町内ごとに子ども神輿もくり出ます。射和の祗園祭には、二基のお神輿と大小十二台もの屋台があり、山車の巡行は、夜は提灯が揺らめきお囃子も優雅ですが、神輿は驚くほど激しく揺さぶるなど、見どころが多いお祭です。山の中腹にある伊佐和神社には、長い石段があり、大きな重いお神輿を、宵宮の朝に下ろし、祭の最後に上げるのですが、見る度、落ちはしないかとはらはらします。これも見どころの一つでしょう。

射和祗園まつり
黒漆の塗られた屋台は十二台。
提灯の灯に飾り金具がきらめきます。
写真提供 松阪市観光協会

「ちょうさや」の声いろいろ

射和祗園まつり
大きな重いお神輿を振り回すように揺さぶりながら、
まちの各所を巡ります。
写真提供 松阪市観光協会

松阪も射和も、お神輿の掛け声は「ちょーさや、ちょーさや」です。幼い頃から聞き慣れた子ども御輿の掛け声は、幼児の耳にも間延びして聞こえました。大人の御輿は激しく動く時間もありますが、子ども神輿は安全第一でゆっくり進み、掛け声ものんびりしていましたので、激しくなりようのない掛け声だと思っていました。でも、大人になって射和のお神輿を見たら、同じ「ちょうさや」の掛け声が実に激しくて、びっくりしました。また、数年前に歌舞伎の「夏祭浪速鑑(なつまつりなにわかがみ)」を観たときも、同じ掛け声だったので、「おっ?」と思いました。同じ掛け声なのに、少し速くて雰囲気が違うのです。この芝居は大阪の高津神社の夏祭りを背景としているとのことですので、一度本当のお祭を見に行きたいと思っています。

山鉾巡行で有名な京都の祇園祭にもお神輿はあり、こちらは「ほいっと、ほいっと」という掛け声。祗園祭ではありませんが、松阪とゆかりの深い滋賀県日野町の綿向神社「日野曳山祭」には、華やかな曳山十六基とお神輿が集まりますが、お神輿の掛け声は「わっしょい、わっしょい」だそうです。
地域による御輿の掛け声は、文化の伝承や歴史と関わりが深いのでしょう。どうしてこの掛け声になったのか、知りたいものです。

幼い頃、祗園さんには、昼間は法被を着、首に拍子木をさげて子ども御輿に付いていき、夜は浴衣を着せてもらって神社にお参りし、夜店で金魚すくいやかき氷を無心に楽しんだものです。「夏が来る。無事に越せるだろうか」などとは思わずに――。今の子どもも同じでしょうか。
この夏は、童心に返って、お祭に行きましょう。射和の祗園まつりにしましょうか。
浴衣の帯にうちわをはさみ、下駄をからんからんいわせて――。

ぷらっと松阪 不足案内2023.06.15

プロフィール

堀口 裕世

編集者 三重県の文化誌「伊勢人」編集部を経てフリーランスに
平成24年より神宮司庁の広報誌「瑞垣」等の編集に関わる
令和4年発行『伊勢の国魂を求めて旅した人々』(岡野弘彦著 人間社)他 編集